#15
#15

集落の団結と五穀豊穣の祈り
「延勝寺のおこない」

第15回放送
「延勝寺のおこない」


五穀豊穣を祈る神事「おこない」。時代の流れでその継承をあきらめる地域もある中、次代へと守り伝えているのが滋賀県長浜市にある延勝寺。おこないを次世代に継承するための取り組みと、そこに込められた住民の想い。

地域色豊かな湖北の神事「おこない」

地域色豊かな神事

 長浜市湖北町延勝寺は、滋賀県の北部、湖北地方に位置する小さな集落です。2月11日の早朝6時、公民館に子どもたちが集まってきます。真っ白な装束にカラフルなふんどし代わりの腰巻き。そして上半身は裸。寒さが厳しく雪が残る時期に、この姿で元気よく朝やけの中へ飛び出していきます。「餅カキ」とよばれる集落巡りの行事です。これは、村いちばんの大切な神事「おこない」の行事のひとつです。

 「おこない」とは五穀豊穣を祈り、西日本、とくに滋賀県の湖北地方や甲賀地方で早春、盛んに行われてきたもの。漢字で「行」や「御構内」などと書く場合もあり、日程やしきたりも集落ごとに異なりますが、餅をついて、供え物とともに神仏に供えるのが基本的な流れだといわれています。

 農村地帯である延勝寺でも、氏神である飯開(いびらき)神社に豊作を願う「おこない」が受け継がれており、現在は集落の65戸程度が参加しています。供え物には、縁起のよいエビの形に編んだしめ縄に、つきあげた鏡餅を抱かせたものや、笹に餅を飾った「まゆ玉」を用意。本日(ほんび)の朝は、子どもたちが「裸参り」とも呼ばれる「餅カキ」といった集落めぐりをして、供え物を神さまに奉納するのが伝統です。

 こうした習わしや設えは、古くから継承してきたものだと教えてくれたのは、延勝寺自治会前自治会長の丸岡吉隆さん。

 「延勝寺のおこないは、かつて東・中・西という3つの組単位で行っていましたが、現在は持ち回りで準備しています。祭りや食文化に地域色があるように、おこないも地域性が豊か。たとえば、しめ縄のエビの編み方でも組ごとに異なるなど、それぞれに古くから伝わるマニュアルがあり、今も大事に守り伝えられています」

村の一員として子どもたちが中心に

おこないに参加する子どもたち
おこないに参加する子どもたち

 延勝寺のおこないが地元住民から大切にされてきたのは、代々継承されてきた年中行事だからですが、ほかにも大きな理由があります。おこないは、子どもたちが村の一員として認められるための場でもあるのです。

 「本日(ほんび)の朝、裸参りを行うのは、小学生から高校生までの子どもたち。“若い衆が中心となり、仕切る”というのが、私たちのおこないの特色であり、伝統です」

 そう語る丸岡さん自身、小さいころからおこないを通して、いろいろな経験をしてきたそうです。当初こそ、みんなと夜ふかししての準備にワクワクしたものの、“若い衆”と呼ばれる年齢になると、親よりも年上の住民を仕切らねばならず、負担を感じたこともあるとか。

 「昔は、挨拶ひとつにしても厳しかったですしね。おこないは、若い衆にそういった経験をさせて、村の一員として育てる場だと、私たちはとらえてきました。それに、子どもたちには小さいときにこういうことがあった、こんなことをした、という地域に根ざした思い出を作ってほしい。そうでないと、この地で暮らしている意味がない。こうした想いもあって、私たちはおこないを継承してきました」

時代に合わせて改革し、守り伝える

時代に合わせて守り伝える

 延勝寺のおこないは、時代の変遷に合わせてその姿を変えながら、継承されてきました。移り変わってきた様子を丸岡さんはこう話します。

 「明治時代の記録をひも解くと、当時のおこないは4~5日続いていたと記されていました。2月は農閑期でもあったため、ゆったりと行われていたようですが、昭和から平成にかけてはみんな勤めに出るようになって簡素化が進み、3日間の日程になりました」

 それが地域の要望でさらに短縮され、11日に餅つき、12日にお参りという2日間になったのが平成5(1993)年。この当時は、まだ昔ながらの習わしが数々残っており、東・中・西の3つの組で大しめ縄の出来栄えを競い合ったり、幹事のような役割を果たす「頭屋(とうや)」が準備の場として自宅を開放するのが恒例でした。

 「ところが、時代の流れで自宅の開放に理解を得ることが難しくなり、頭屋になった人にも負担がかかるという声があがって、平成19(2007)年には、3つの組が公民館を使い、共同で行うことになりました。昔は、まゆ玉に住民が手作りした毬(まり)など、いろいろな小物も飾っていましたが、それも幾度かに渡る見直しの中で取りやめに。大切な行事だからこそ、昭和、平成と時代ごとに無理のない形を模索して、守り伝えてきたのです」

おこないを通じて育む地域との絆

育む地域との絆

 おこないは、各地で受け継がれてきましたが、湖北では近年、取りやめる集落も増えているといいます。理由は、少子化による担い手の不足。延勝寺も例外ではなく、中心的役割を担う若手や子どもが減少しており、裸参りもほんの数人の子どもで行っている状況です。

 これまでにない危機感を抱いた丸岡さんら住民は、10年ほど前、思いきった改革に踏み切ります。“聖域”として守ってきた服装のしきたりを見直したのです。

 「おこないは神事です。神さまに対する服装として、正装である紋付袴が基本でした。しかし、今は和服を持っていないことがほとんどで、準備も着るのも大変です。そこで、参加へのハードルを下げるため、背広を認めることにしました。基本的な路線は堅持しつつも、服装を簡略化し、親睦の場である飲み食いも省いた。参加しやすく変え、続けていく。そのための改革です」

 少子化が問題視される中、地域の伝統的な神事や祭りをいかにして後世に残し伝えていくか。延勝寺の課題は、多くの地域に共通するものかもしれません。

 「私たちが目ざしているのは、おこないを通じて、住民が地域とのつながりを深め、団結力を培うこと。地域に関わることで、地元への愛着が育まれていくのだと思います」と丸岡さんは、地域に根ざした行事の意義を語ります。

 和服から洋服へと変わるように、伝統の形も変わっていきます。しかし、幸せを願う人々の心がある限り、これからも変わらず続く、おこないです。