#47
#47

近江真綿を作り続けて150年。
米原市「北川キルト縫工」

第47回
魔法の糸と職人の技「北川キルト縫工」


雪のように真っ白な、ふわりと柔らかな糸が幾重にも重ねられていきます。
それは蚕(かいこ)が生み出す、魔法の糸で紡がれる真綿。
Good Sign第47回は、150年の歴史を刻んできた「北川キルト縫工」の匠の技
とともに、養蚕や近江真綿の伝統と職人の思いをご紹介しました。

心地よさは格別の真綿布団

格別の真綿
格別の真綿

 「天」の「虫」と書いて蚕。和名を「カイコガ」という昆虫であり、私たちに絹をもたらした家畜です。呼び名の由来もありがたみを感じさせるもので、古くは単に「蚕(こ)」と呼ばれたものが、「神様が生んだ蚕(こ)」の意味で「神蚕(かみこ)」となり、カイコに転じたという説があります。

神秘的な蚕の繭
神秘的な蚕の繭

 「“天の虫”はすごい。お蚕さんに生かされてきた」と語るのは北川茂次郎さん、御年90歳。滋賀県米原市多和田で3代150年続く真綿(まわた)布団の工房「北川キルト縫工」を営み、名産「近江真綿」の普及に生涯を捧げてきました。

 真綿は、「綿」といっても「木綿」とは異なり、蚕の繭(まゆ)から紡がれる絹の綿(わた)のこと。変形などして絹糸にならない「屑(くず)繭」を使い切ろうという智恵から生まれた天然素材です。

 安価な輸入繭も出回るなか、北川キルト縫工が使うのは、愛媛県大洲市で生産されている純国産のみ。その繭を煮て一つひとつ開くなど、すべて手作業で真綿を作り、布団に仕立てます。その真綿布団は、幅広い世代に愛用されていると北川さん。

 「真綿は、動物性タンパク質。植物繊維と比べて保温性がよく、吸放湿性もある。日本ならではの気候に適していて、一年中使えます。マニアもいるし、『一度使うと、ほかの布団には戻れない』という声は多いね」

江戸時代から全国に名を馳せた近江真綿

全て手作業で仕立てる
全て手作業で仕立てる

 蚕は、5000年以上前の中国で野生昆虫を家畜化したものが始まりとされます。日本におけるその歴史も古く、さかのぼると3世紀の中国歴史書『魏志(ぎし)』倭人伝に「禾稲(かとう)、紵麻(ちょま)を種(う)え、蚕桑緝績(さんそうしゅうせき)し、細紵(さいちょ)、縑緜(けんめん)を出だす」の一文が見られます。これは、「稲や麻を植え、桑で蚕を飼い、絹を紡ぎ、麻布と絹布を作る」という意味。「緜」は真綿を意味するともいわれます。

 真綿作りについては、養蚕技術をまとめた江戸時代中期の『養蚕秘録』にも記録があり、5世紀の大和時代初期には始まっていたことがわかっています。

 この本が出版された19世紀初めには、すでに近江は全国有数の真綿産地でした。記録も数々残っており、たとえば享保年間の調査では、産地のひとつに「近江国」の名も。当時の百科事典『和漢三才図絵(わかんさんさいずえ)』にも近江の土産として真綿が紹介されています。

 時を経て明治・大正時代から昭和にかけて、蚕糸(さんし)業は、日本の近代化を支える一大産業へと発展。生糸は国を代表する輸出品でした。蚕が紡ぐ糸は、じつに2000年近く私たちの暮らしに豊かさをもたらせてきたのです。

匠の技が活きる伝統の製法

受け継がれた伝統の製法
受け継がれた伝統の製法

 北川キルト縫工のある多和田地区は、真綿布団で栄えた江戸時代から続く近江真綿の生産の中心地であり、昭和初期から30年代にかけての最盛期には、全国の約6割を生産。400軒もの真綿業者が軒を連ねたといいます。

 当時は、北川さんも宣伝のために北海道から鹿児島まで駆け回り、多くの顧客に慕われたとか。

 「90年間、ずっと真綿と生きてきた。3代にわたってやってきたけどな、真綿の文化というものを広げていかなあかん。根本的にその思いがあって、150年間変わらん製法で続けてきました」

 その伝統の製法とは、「繭むき」から始まり、40以上もの工程を要するもの。精錬した繭をぬるま湯に浮かべて蛹(さなぎ)を取り出し、慎重に指先で引き伸ばして、「ゲバ」と呼ばれる正方形の木枠にかけます。これを4枚重ねて乾かしたものが「角真綿」。綿の厚みを均等にするなどの職人技が求められ、一人前になるには3~6年かかるとか。

北川さん夫婦の阿吽の呼吸

北川さん夫婦の阿吽の呼吸2

 布団に仕立てるには、北川さん夫婦が2人がかりでこの角真綿を一枚一枚薄く伸ばして折り重ねていきます。ひとつの繭からとれる生糸の長さは1500mほどで、引っ張っても切れないその弾力こそ大きな特色。これは養蚕の際、蚕が糸を吐き出すのを止めないよう、室温を保つといった農家の手間暇のたまものでもあります。

 力加減や引っ張る方向も阿吽の呼吸で繰り返すこと約300回。レースのベールを思わせる真綿が厚みを帯びていく様子は、まさに匠の技を感じさせます。

真綿の新たな可能性を信じて

魔法の糸
魔法の糸

 真綿布団の温もりは、驚くほどの手間暇だけでなく、蚕の命を費やして生まれるものです。布団1枚1㎏に使う繭玉は4000個ほど。北川さんはつぶやきます。

 「お蚕さんをようけ、殺した。化けて出てくるかもしれんなあ(笑)」生きものと手作りから生まれる真綿は、大量生産できない貴重なものですが、近江の真綿産業は、いま失われつつあります。衰退に向かったのは、昭和の半ば以降に安価な化学繊維や中国産真綿が普及してから。人出不足なども影響し、日本の蚕糸業そのものが細っており、現在ここで真綿を作り続けているのも、北川キルト縫工を含む数軒のみといいます。

 こうしたなか、今年2020年に90歳という節目を迎えて北川さんはひとつの決断をしました。年内で工房を閉じることにしたのです。

最後の工房の風景
最後の工房の風景

 「これまでやってきてよかったなあというのが、いまの心境。周りの方々のおかげで続けてこられました。未練はないといえばないし、あるといえばある……」

 スピード社会で高齢化も進むなか、手間暇のかかる伝統のもの作りは受け継がれにくく、この流れは止めようがないのかもしれません。しかし北川さんは、決して真綿の未来をあきらめてはいません。

 「真綿はなくならない。未来がある。呼び方は横文字になるかもしれないけど、お蚕さんの糸だけはなくならんと思います」

 その証に、国が蚕糸業の振興を図っているほか、蚕糸を使った新素材の開発など、蚕の研究・活用が各方面で進められています。環境への意識が高まるな
か、天然素材である真綿の可能性も、もっと広がるかもしれません。

 伝統のもの作りを1世紀近い歳月、支え続けてきた北川さん。“新たな技術で真綿の未来が拓かれる。それを信じて”。真綿とともに生きてきた職人の願いです。

北川キルト縫工【きたがわきるとほうこう】

滋賀県米原市多和田1046