#04
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日本の心を未来につなぐ
近代日本建築の父・ヴォーリズ

第4回
「ヴォーリズ建築」


近代日本建築の父・ヴォーリズ。Good Sign第4回は、近江八幡市に点在するヴォーリズ建築と、それを次代へ伝えるために尽力している地元住民の方々の姿をご紹介します。

近江八幡をこよなく愛したヴォーリズ

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

 琵琶湖の東に位置し、かつての町の動脈、八幡掘が流れる城下町、近江八幡市。この地でキリスト教の布教とともに、多方面で数々の業績を残したのが、米国人建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズです。

 来日したのは、25歳の時。滋賀県立商業学校(現・八幡商業学校)に英語教師として勤め、27歳で建築事務所を開業しました。その後、「建築の風格は人間の人格と同じく、その外見よりもむしろ内容にある」という考えに基づき、全国で1,500件あまりの建築設計を手がけたとか。市内にも20軒を超える建築物が現存しています。

 日本国籍を取得し、満喜子夫人の姓から「一柳米来留(ひとつやなぎめれる)」と改名したのは60歳のとき。「近江八幡は世界の中心である」とこの地を愛し、産業、医療、教育など各方面の発展にも尽力して、近江八幡市の名誉市民第一号となりました。市内に立つ等身大の銅像に、当時から変わることなく市民に慕われ続けていることがうかがえます。

旧八幡郵便局をよみがえらせた一粒の会

旧八幡郵便局
旧八幡郵便局

 近江八幡市に残るヴォーリズ建築の特徴は、西洋と日本の建築様式が巧みに取り入れられ、かつ風情ある町並みと調和していることです。ヴォーリズが1921(大正10)年に手がけた「旧八幡郵便局」もそのひとつ。スパニッシュ洋式と日本の町屋造りの融合が印象的です。

 しかし、この建物は昭和初期以降、使われずに老朽化が進みました。一時は民間の手で活用の道が模索されるも、多額の費用が必要なため中止されたことも。そうしたなか、1997(平成9)年に保存・再生に乗り出したのが、地元住民らが結成したNPO法人「ヴォーリズ建築保存再生運動一粒の会」。この20年近く清掃や修復に取り組んだ末、往時の輝きをよみがえらせました。現在は一般公開するとともに、地元のイベントなどにも活用しています。