#48
#48

自然の歌声のような美しい音色。
湖の願いを奏でる「琵琶湖よし笛」。

第48回
自然の歌声「琵琶湖よし笛」


花畑のような華やかさはないかもしれません。森のような雄大さはないかもしれません。でも、どこか郷愁を誘う、素朴な日本の原風景。琵琶湖で最も大きな内湖、西の湖に広がるヨシ原です。そのヨシで作った笛があります。まるで自然の歌声のような美しい音色が、私たちの心に響きます。

琵琶湖の内湖は自然の宝庫

琵琶湖の葦
琵琶湖の葦

 「近江を制する者は天下を制す」と、織田信長が琵琶湖畔は安土山に築いた安土城。その頃の安土山は、三方を内湖に囲まれていました。

 内湖とは、琵琶湖の周辺に点在している池、沼、沢、クリークなどの総称で、水深2メートル前後と非常に浅いのが特徴です。元々は湖の一部だった水域が、河川から運ばれた土砂の堆積などにより本湖と隔てられたことで生まれました。日本における内湖は、基本的に琵琶湖の周りにしか存在しないとされています。

 内湖は、一部分が水路などで琵琶湖とつながっています。その水は栄養やプランクトンが豊富なため、魚類の産卵や生育の場として重要な役割を果たしています。また、本湖に比べて波が穏やかで、遠浅の湖岸に広がる湿地は多様な動植物や水鳥のすみかとなっています。静穏な場所を好むヨシなど抽水植物にとっても最適な環境であり、琵琶湖の面積の1パーセントにも満たない内湖に、琵琶湖全体のおよそ60パーセントもの抽水植物が生育しているといいます。

 明治から昭和初期にかけて、琵琶湖の周りには大小40余りの内湖がありましたが、その多くは戦中戦後の食料難から干拓され、田畑に姿を変えました。現存する内湖の中で約2.8キロ平方メートルという最大の面積を有するのが西の湖です。

近畿最大級のヨシ原が広がる西の湖

安土八幡の水郷
安土八幡の水郷

 琵琶湖の東南岸、滋賀県近江八幡市にあるその湖は、安土山の西に位置することから「西の湖」と呼ばれるようになりました。琵琶湖の内湖全体のおよそ半分を占める大きな湖です。周囲には田んぼの間を縫うように水郷地帯が広がり、草花に縁取られた水路をゆっくりと舟が流れ行きます。その牧歌的な風景は「春色・安土八幡の水郷」として琵琶湖八景の一つに数えられ、「水郷めぐり」も楽しむことができます。

 西の湖にはもう一つ、ここにしかない景色があります。それがヨシです。ヨシとはイネ科の多年草のことで、抽水植物の生育に適した内湖である西の湖にはヨシが群生し、近畿地方でも最大級のヨシ原を形成しています。春に芽吹き、夏に青く天高く伸びて、秋が深まると黄金色に染まり、冬には刈り取られます。3月上旬ごろ、芽吹きを良くするために行われる「ヨシ焼き」は湖国の早春の風物詩。万葉集にもうたわれている琵琶湖のヨシは、どこか郷愁を誘う日本の原風景といえるでしょう。

 美観だけではありません。ヨシ原ではコイ、フナ、モロコをはじめとする多くの魚が卵を産み、生まれた稚魚はヨシ原で育ちます。カイツブリ、オオヨシキリ、カルガモなどの鳥たちもヨシ原をすみかとし、子育てをします。西の湖は、ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)湿地の登録エリアでもあるのです。その他にも多種多様な生物がこのヨシ原に息づいています。

 ヨシには、水をきれいにする効果もあります。公益財団法人淡海環境保全財団のホームページを見てみると、「ヨシによって、水の流れを弱くして、水の汚れを沈める」「ヨシの水中の茎につく微生物や群落の土中の微生物によって水の汚れを分解する」「ヨシが水中の窒素、リンを養分として吸い取る」という3つの働きによって水を浄化してくれるのだそうです。

 私たちの暮らしの中にもヨシはあります。たとえば、葦簀(よしず)や葦屋根(よしやね)、夏障子など、特に昔の日本家屋には多くのヨシが用いられていました。

 このように、琵琶湖になくてはならない大切なヨシですが、近年、埋め立てや湖岸堤の整備などの影響から著しく減少しているため、滋賀県では条例を制定し、保全活動などの取り組みが進められています。

ヨシで作った滋賀県発祥の「琵琶湖よし笛」

考案者の菊井了氏
考案者の菊井了氏

 琵琶湖のヨシの大切さと素晴らしさを、通常の保全活動とはまた違った形で伝えるものがあります。それが「琵琶湖よし笛」です。

 よし笛とは、その名の通りヨシで作った滋賀県発祥の笛であり、1998(平成10)年に菊井了氏が考案・創作しました。菊井さんが会長を務める「環境音楽団体 日本よし笛協会」のホームページによると、今からおよそ20年前、琵琶湖の環境問題に危機感を覚えた菊井さんは、近江八幡に広がるヨシ原を見て、ヨシの筒状の茎を使って笛を作ろうと思いつき、挑戦を始めたのだとか。一説によると、ヨシの茎と葉を用いた笛は平安の昔にもあったそうですが、それは葉笛と呼ばれ、一つの音しか出せないものでした。しかし、菊井さんが研究に研究を重ね、試行錯誤して作り上げた「琵琶湖よし笛」は、音階を奏でられるれっきとした楽器。心に響くような、素朴で優しい音色が特徴です。西の湖産のすだれの廃材を利用し、不自然な加工は一切施していないため、一本一本、音が微妙に異なります。というよりも、同じ音が出る笛は二度と作れないのです。それは、一本一本のヨシが私たちに語りかける、自然の声なのかもしれません。

美しい音色で、みんなの心をひとつに

よし笛の愛好者
よし笛の愛好者

 よし笛演奏家の近藤ゆみ子さんは、元々はピアノ奏者です。菊井さんがよし笛を広める演奏活動を始めた頃からピアノの伴奏者として、いろんな場所で共にコンサートを行っていました。そうして数年がたち、よし笛の愛好者もずいぶん増えたある日、みんなから「近藤さんも吹いてみたら」といわれて気軽な気持ちで吹いてみると、横で聴いているときとはまったく違う感動や面白さがあり、以来、よし笛のとりこになったそうです。4年ほど前からはソロで演奏するようになり、今年の6月にはCDも制作しました。

よし笛演奏家/近藤ゆみ子さん
よし笛演奏家/近藤ゆみ子さん

 「他の笛の音とはまったく違うのです。よし笛を初めて吹いたとき、その音が耳から聴こえたというよりも、毛穴で聴いた気がしました。よし笛の音色が体中に入ってきて、鳥肌が立ったことを今でもはっきり覚えています」という近藤さん。よし笛は、演奏する日の天候や湿度、そして自分の体調の良し悪しなど、周りのすべてに影響される繊細な楽器だと感じています。だから、よし笛は「生きている」とも。最近は、天気や調子に左右されることなく、少しずつ自分の想いが伝えられるようになってきたのだそう。

 日本よし笛協会の会員は現在350名ほど。もちろん協会に所属していない愛好者もたくさんいます。みんな、琵琶湖を大切に思う心は同じです。そんな心を、未来を担う若い人たちや子どもたちにもつなげたい。それが近藤さんの一番の願いです。言葉ではなく、よし笛の美しい音色にのせて。

環境音楽団体 日本よし笛協会

公式サイト:http://www.yoshibue.net/