#32
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祭りのためのクラフトビール工房
日野町 ヒノブルーイング

第32回
祭りのためのビール「ヒノブルーイング」


御神酒(おみき)は五穀豊穣を願い、神様に捧げるお酒。いま、新しい形の祭りのためのお酒を生み出しているのが、日野町にあるクラフトビール工房「ヒノブルーイング」。地元でとれたホップでビールをつくることが夢でした。

日野町発、わずか3人で造るクラフトビール

蒲生郡日野町

 琵琶湖の南東部に位置する蒲生郡日野町。田園に囲まれた丘陵地に農業がテーマの体験型施設「滋賀農業公園ブルーメの丘」はあります。その一角に広がる畑で初夏、ビールの原料となるホップがたわわに実をつけ始めました。

 育てているのは、クラフトビール工房「ヒノブルーイング」の面々。「クラフトビール」とは、小規模な醸造所で熟達の職人が手がけるクオリティの高いビールのこと。平成の初めにブームとなった「地ビール」とは一線を画す意味でもこのように称されています。

 ヒノブルーイングは、2020年で設立3年目。ここブルーメの丘に醸造所を構え、醸造開始わずか1年半ながら、個性的なビールを次々と開発しています。メンバーは、代表取締役で地元出身の田中宏明さん、ビール醸造を担当する技術者で、ポーランド人のショーン・フミエンツキさん、そして企画営業的な役割を担うイギリス人のトム・ヴィンセントさんの3人です。

 トムさんの仕事は、国内各地に出張する機会を活かし、地方の祭りの課題を探り、ビールを活用して解決すること。なぜ、祭りの課題解決なのかといえば、ヒノブルーイングが目ざすのが“祭りのためのビール”だから。そして、この3人のビール造りは、地元の日野祭がきっかけで始まったのです。

湖東有数規模の日野祭が縁に

わずか3人で造るクラフトビール

 日野祭は、例年5月2日に宵祭、3日に本祭が斎行される馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ)の春の例大祭。平安時代末期に始まったという歴史や、江戸時代に造られた壮麗な曳山車(ひきやま)でよく知られています。

 この祭りで世話役を務める田中さんは、祭りを通してビール造りの夢がふくらんだといいます。
 「祭りに欠かせないのが神前への供えもの。米や塩、餅、御神酒(おみき)、つまり日本酒などが基本です。宮司さんによれば、日野祭は五穀豊穣を祈願する祭りであり、供えものはこの地の恵みを神様に感謝するという意味で、地元のものを献上するのが本来の考え方なんですね。日本酒は地元のお米で地元の酒蔵さんが造ったものがある。ビールも日野町産ホップで造ったものがあれば、と思いました」

 そもそも田中さんは、実家の酒屋を継ぐため地元に戻ってきたUターン組。酒とは深い縁があるうえ、前職で事業やビジネスの枠組みをつくる仕事に携わっており、つくることにおもしろさを感じていたそうです。

 ビール造りが実現へと動いたのは3年前。日野町在住の田中さん、ショーンさん、トムさんの3人は日野祭で意気投合。奇遇にもショーンさんがビール醸造の技術を持っているとわかり、トムさんが田中さんの背中を押して、話は一気に進展したのです。

祭りとお酒でみんながひとつに

祭り

 「3人とも大の祭り好き。みんな国籍が違いますし、世代もバラバラ。でも、祭りとお酒があると垣根がなくなる。日野町に引っ越してきたばかりのトムさんを祭りに誘ったのは私ですが、トムさんも祭りに参加して地域に溶けこめたと喜んでくれて。みんながひとつになれるような感じが僕らは好きです」

 祭りの意義をそう語る田中さんらは、祭りで楽しめるビールを広めたい、と考えています。

 「御神酒だけでなく、お正月など日本のハレの場には古来日本酒が定番ですが、ビールがあってもいい。そうしたとき、とくにお祭りでは朝から晩まで飲んでいることも多いので、ビールは1日ずっと飲んでも飲み疲れしない、すっきり軽く、それでいて風味がしっかりあるものを目ざしています。祭りにも勇壮なもの、優雅なものなどいろいろな性格があります。ゆくゆくは、そういった祭りの特色や雰囲気、関わっている人の思いを味で表現できるビールを造りたいですね」

郷土芸能の魅力を伝えるビール開発

ヒノブルーイング 田中さん

 ヒノブルーイングの理想のひとつ“祭りの雰囲気を体現したビール”。それは、すでに実現しつつあります。いま、仕込んでいるのが近江を代表する郷土芸能で、盆踊りでもおなじみの「江州音頭」をイメージしたビール。そもそものきっかけは、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、江州音頭関連のイベントも中止に追い込まれたことだと、田中さん。

 「ビールを通して江州音頭の認知度を高めたり、踊りを覚えてもらったり何とか応援できないか、と。滋賀県庁に提案をして、タイアップで進めています」

 昨年は、国際的な仕事も成功させています。ポーランド出身のショーンさんの縁で、ポーランド大使館から依頼が舞い込み、日本とポーランドの国交樹立100周年を記念したオリジナルビール「スト・ラットエール」を開発。日本のものとは異なる風味が特徴ですが、一般発売された県内で好評を博したばかりか、在日ポーランド人からも「ふるさとの味」と称賛されたとか。続々と個性あふれるクラフトビールを世に送り出しているヒノブルーイング。次なる挑戦に期待がふくらみます。

ビールの「ちから」で社会を盛り立てたい

ビール造り

 ヒノブルーイングのメンバーを結びつけたように、祭りは人と人とが集い、絆を紡げる大切なハレの場。そして、ふるさとのありがたみを再認識できる貴重な時間でもあります。

 ところが地方の祭りは、年々運営費や人出が減少する傾向にあり、祭りに関わる田中さんは、現状に危機感を抱いています。だから、ヒノブルーイングが目ざす究極は“祭りに行くきっかけになるビール”。

 「まだ祭りの楽しさを知らない人に、私たちのビールを飲んでほしい。地元にお祭りがある人もいれば、そうではない人も本当に増えているなか、『ヒノブルーイングのビール、なんか楽しいな』『このビール、おもしろいやん』と、ビールをきっかけに、『こんなお祭りあるんや、行ってみたいな』と祭りにも興味を持ってほしくて。日野祭に限りません。祭り離れが進むいま、私たちが感じている祭りのよさや価値を多くの方に改めて気づいてもらい、遠く離れていても『地元の祭りに行こう』『祭りを残さなあかん』と思う人を増やしたい。ビールにはその力があると信じています」

日野町産ホップ

 クラフトビールは、祭り、ひいては地域に貢献するためのひとつの手段。こうしたメソッドが、ビール以外のジャンルにも広がり、地域住民や企業を祭りの場に引き戻すことで地域の経済が循環したり、地域の事業に新たな価値が生まれたり。ヒノブルーイングは、そうした理想を描きながら活動しています。

 ビールを通じて小さな町から広がる、大きな人の輪と地域の活性。ビールが持つ「ちから」を信じる人たちがここにいます。

ヒノブルーイングのビール
ヒノブルーイング

〒529-1603 
滋賀県蒲生郡日野町大窪730番地

ホームページ:http://hinobrewing.jp