#16
#16

氷河の時代から
春を報せるざぜん草

第16回
「高島市今津 ざぜん草」


毎年2月下旬から3月にかけて、雪の中から顔を見せるざぜん草。日本の一部地域では絶滅危惧種の指定を受ける貴重な植物です。1981年に発見された高島市今津町のざぜん草群落は、その神秘的な姿かたちと不思議な生態に心を奪われた地域の人たちによって、保全活動が進められています。

雪解けを待たずに春を告げる花

雪解けを待たずに春を告げる花

 滋賀県高島市今津町にある竹林の湿地。足元のあちこちに咲くざぜん草は、まるで僧侶がお堂の中で座禅をしているように見えることから名づけられました。風になびくでもなく、茎を伸ばし燦々と日光を浴びるでもなく、しんと静かにたたずむ姿には、その色もあいまって気高さを感じます。深いあずき色の花びらのような部分は、花を覆っている仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれるもの。内部の花にあたる黄色い肉穂花序(にくすいかじょ)を僧侶になぞらえれば、仏炎苞は仏像の光背を思わせます。

 25年から40年もの間、毎年同じところで咲くといいますが、それは彼らにとってほんの一瞬のこと。実はざぜん草は1万年以上もさかのぼった氷河期からの生き残りともいわれ、今でも謎の多い植物なのです。

時を越え現代に残る、不思議な生態

滋賀のざぜん草群生地
春を待つ花 今津ざぜん草

 同じサトイモ科のミズバショウとくらべても、なんともミステリアスです。アイヌ地方では「カムイキナ」と呼ばれ、カムイ(神様)であるヒグマが食べる植物として位置付けられているのです。冬眠から明けたヒグマはこの花を下剤として食べるというように、有毒性が確認されており、かつては人間の漢方薬として使用されていたとも記録されています。

 また驚くべきは、自ら発熱し、氷点下の環境でさえ20℃前後を保つことができる特性。雪を溶かしながら顔をのぞかせるざぜん草、悠久の時を経て、どれだけこの地で春の訪れを知らせてくれていたのでしょうか。その生態に多くの人々が魅了されたことはいうまでもありません。

地元中学生の発見から保全へ

今津町
今津町

今津町は日本最南端のざぜん草自生地として知られていますが、そこは住宅地に囲まれた竹林。地元の中学生によって理科の授業中に発見されました。通常は山の上で咲くことが多いといいますから、まさかこのような街中に群生地があるとは夢にも思わなかったでしょう。

中学生による県の科学研究発表大会での発表から、環境省や滋賀県の注目を浴びます。当時は私有地であったために個人の管理に委ねられていましたが、保全の限界が危ぶまれ、県が竹林を買い上げることになりました。ざぜん草を保護し鑑賞するための木橋の回廊を整備するなど保全が進み、1986年には、環境庁の自然環境保全基礎調査の特定植物群落に選定、1989年には滋賀県自然環境保全条例の緑地環境保全地域に指定されました。現在は「今津ざせん草の里」として、地元のボランティア団体によって保全・管理が続けられています。

この地で生き続けてくれた誇り

未来に残す保全活動

 群生するざぜん草を一目見ようと、遠くは佐賀県、青森県など全国各地から観光客が訪れます。保全活動は、休憩所での飲食の売り上げを資金とし、観光客への無料ガイドやパンフレットの配布など、すべて地元のボランティア団体が行っています。ところによっては腰のあたりまで埋まる湿地や、竹の子の生える竹林の保全管理に頭を悩ませることも。その原動力となっているのは、今津の春のシンボルとして花を咲かせるざぜん草への敬意。

 「子どもたちにも、残していこうという気概を持ってほしい」とは、今津ざぜん草の里 代表の川﨑功さん。この群生地は今津町民の誇りだといいます。地元の人々も同じ想いであることは、小学校の学校便りに「ざぜん草」と名付けられることにも表れています。

 人類の歴史よりもはるかに永くこの地で生き続けてきたざぜん草から、未来に残さずにはいられない使命を託されているのかもしれません。

今津ざぜん草の里
  • 場所  :高島市今津町弘川 宮西区住宅地
  • アクセス:JR近江今津駅から若江線バスで 「ざぜん草前」下車、徒歩約5分
  • お問合せ:公益財団法人 びわ湖高島観光協会 0740(33)7101

http://www.city.takashima.lg.jp/www/contents/1134438385994/index.html