#14
#14

時を巡る、
日野ひなまつり紀行

第14回放送
「滋賀県日野町のひなまつり紀行」


おだいりさまとおひなさま、二人並んで笑顔です。
毎年2月から3月にかけて、この町は、今日も楽しいひなまつり。

近江日野商人と花のまち

滋賀県日野町
滋賀県日野町

 滋賀県の南東部、鈴鹿の山麓から西へ広がる湖東平野に位置する日野町。東西14.5キロメートル、南北12.3キロメートル、総面積117.60平方キロメートルの小さな町ですが、霊峰綿向山を望み、日野川が流れ、ほんしゃくなげが咲き誇る、自然に恵まれた地域です。鎌掛谷ほんしゃくなげ群落は国の天然記念物に指定されています。

 人口は約2万2000人。歴史は古く、人が住み始めたのは今から約1万2000年前といわれています。旧石器時代の終わりから縄文時代の始め頃には狩猟や採集生活を営み、弥生時代には稲作も行われていたそうです。

 江戸時代に入ると、天秤棒1本から行商を始めた商人が栄え、やがて近江日野商人と呼ばれて全国に名をはせるようになります。しかし、財を成しても生活はあくまで質素。近江日野商人たちは遠い土地まで商いに出かけ、女性や子ども、年寄りが留守を守るという静かな暮らしぶりでした。そんな近江商人の性格をよく表す、「しまつしてきばる」という言葉があります。始末とは「倹約」、きばるは「頑張る」という意味です。このような気風と伝統が日野町の今に息づいています。

江戸時代から子供の成長を見守る、ひな人形と出会う旅

江戸時代から子供の成長を見守る

 いつか来たことのあるような懐かしい風景。豊かな自然と調和した美しい町並み。人と歩調を合わせるかのようにゆったりと流れる時間。しかし、時代は移ろい、日野町もだんだんと寂しくなっていきました。都会のような華やかさを求めてはいないけれど、年に1度くらいは、町がにぎわう何かができないだろうか。やがて住民から声が上がり、平成20(2008)年より始められたのが「日野ひなまつり紀行」です。

 古くは蒲生氏により中野城(日野城)の城下町として整えられた日野。町の中心部では今もその名残りを感じることができます。近江日野商人が残した屋敷や町家、白壁の土蔵、風情ある板塀。通りに面した家々には桟敷窓が設けられています。桟敷窓とは、板塀を四角くくり抜いて作った、いわば物見窓のこと。これは全国でも珍しい日野独特のもので、毎年5月に開催される「日野祭」の曳山や神輿を、家の中で宴を楽しみながら見るための窓だそうです。

 日野ひなまつり紀行は、発想を転換して、この桟敷窓を逆に利用しています。つまり、表通りを歩きながら、民家や商家に飾られたひな人形を見物できるのです。窓をのぞくと、おひなさまもこちらを見ています。時期は毎年2月上旬から3月上旬にかけて。飾られる場所は150カ所以上。歴史ある日野らしく、江戸時代から現代に至る多彩なひな人形や創作びなが町中をあでやかに彩ります。まさに、町を巡り時を巡る小さな旅路。期間中は人力車が走り、日野祭囃子が奏でられ、日野の名物や特産品の販売なども行われて、多くの人でにぎわいます。

おひなさまに込めた願い

近江日野商人
近江日野商人

 毎年3月3日、女の子のいる家でひな人形を飾り、桃花や菱餅を供えて白酒で祝う、昔ながらの年中行事である「ひな祭り」。災いや汚れを人形(ひとがた)に移しておはらいする風習が起源とされ、桃の花が咲く季節に行われることから桃の節句ともいいます。男の子の健やかな成長を願う5月5日の端午の節句に対して、女の子の成長と幸福を祈るお祭りです。

 古来、近江日野商人は中山道沿いに北関東の辺りまで商いに出かけ、家の留守は女性や子どもが守っていました。商売に精を出しながらも彼らは、残してきた家族のことをいつも案じていたのでしょう。現在、日野町に残るひな人形の多くは、商人たちが娘のために持ち帰ってきたもの。昔も今も変わらない、親心がこもった大切な品です。

町の人たちに自信と誇りが芽生えた

1万人が訪れる日野ひなまつり紀行

 子どもたちも大きくなり、蔵や物置に大切にしまってあるひな人形を、わざわざ出してきて飾ってくれるものだろうか。日野ひなまつり紀行の世話人である中田穣さんの心配をよそに、町の人たちはとても協力的でした。1年目は30軒、2年目は70軒、3年目は100軒と、年を追うごとにひな人形を飾ってくれる家が増えていきました。

 二人並んですまし顔のおひなさまとおだいりさま、笛や太鼓を手にした五人ばやし。中には代々受け継がれてきた貴重な人形もあり、歴史的価値としても見応え十分。展示数が増えるにつれて、観光客も徐々に増加していきました。今では県内外から1万人以上が訪れます。

 「お手間をおかけしました」と世話人の中田さんがねぎらうと、町の人たちはこう応えるそうです。「なんのことはありません。おひなさまも喜んではる」と。それを聞いた中田さんも嬉しい気持ちになるのでした。

おひなさまの微笑み

 「なにもない田舎ですよ」と、地方に住む人がよく口にします。暮らしてい
ると、案外その魅力に気づかないものなのでしょう。

 日野ひなまつり紀行は、地域の人々の協力で成り立っているイベントです。訪れる人と迎える人との交流があります。「すてきな催しですね」「良い町ですね」という観光客の皆さんの声が、日野町の人たちには意外だったようです。外の人からいわれて初めて、自分たちの町も捨てたものではないと気づいたそうです。家の奥で眠っていた古い人形を見に、大勢の人が遠くから足を運んでくれる。子どももお年寄りも楽しんでくれて、また次の年も来てくれる。今、日野の人たちの心には、町に対する自信と誇りが芽生え、そして、訪れてくれる人へのおもてなしの気持ちが大きく膨らんでいます。温かな人の輪が広がっています。

 すまし顔のおひなさまが、微笑んだように見えました。

日野ひなまつり紀行
  • と き:毎年2月上旬~3月上旬
  • ところ:滋賀県蒲生郡日野町(大窪から村井・西大路一帯)