#05
#05

ふるさとに根付く心の
おもてなしがつなぐ世界

第5回
「ツールドラック・ビワ」


四季によって表情を変える里山の風景は、私たち日本人の心のふるさと。人口減少によって衰退しつつある、自然と人々の暮らしを体験してもらうことで、日本の自然や精神を楽しんでもらおうと活動する人たちがいます。

失われつつある里山に息吹を

湖畔をサイクリング

 日本の65歳以上の高齢者人口は3,588万人と過去最多、総人口に占める割合も、28.4%と過去最高となっています。(2019年9月15日現在推計 総務省統計局)

 地方では過疎化が進み、高齢者人口の割合が高まる地域では、集落の減少や生活機能の低下などによって暮らしに課題を抱えるだけでなく、自然資源や里山保全、文化伝統の衰退が危ぶまれています。私たちの生活はインターネットとスマホの普及によって便利になる一方で、四季折々のふるさとの原風景が刻々と姿を消していることも事実なのです。

 そんな中、里山での田舎の暮らしを体験するツアーが外国人観光客の間で人気を呼んでいます。滋賀県大津市を拠点に2014年にスタートした「ツールドラック・ビワ」は、英会話を得意とする湖西地域在住の主婦たちがプロデュースする外国人専用ツアーです。

観光地にない自然と暮らしを魅力に

餅つき

世界中から観光客が集まる京都では、来日客数が市人口の3倍を超えると言われ、混雑や市民の生活に支障をきたすオーバーツーリズムへの緩和策が急がれています。(2019年版「関西経済白書」一般社団法人アジア太平洋研究所)そんな京都から一歩、滋賀県に足を伸ばせば広がる日本最大の琵琶湖と棚田の景色。ツールドラック代表の川口洋美さんは話します。「京都とは対照的に、隣接する滋賀には観光客を呼べる観光名所は少ない。だからこそ美しい滋賀の魅力を、地元の人と一緒にお話しをし、ご飯を食べるという体験を通して感じてほしい」今もなお残る里山での暮らし、住まい、郷土料理、伝統、しきたり…それらは日本人の古くから大切にしている精神がもっとも色濃くにじみ出ているところ。外国人観光客は体験し、肌で感じることでより深く心に刻まれるようです。

住民の日常が「素晴らしい非常識」

 ツールドラックとは“湖への旅”。湖畔を巡っていただくという意味のフランス語です。メンバーは全員が県外の出身。だからこそ感じた、地元住民も気づかない魅力を伝えたい想いが活動に生きているのです。

 旅の目玉ともいえるさまざまなアトラクションは、観光客のために作られたものではない、ごく日常です。近くの神社へお参りに出向くことや、畑での作業といった慣れ親しんだ営みが外国人の目にセンセーショナルに映ることは、地元住民にとっても驚きでした。

 欠かせないのは、おじいちゃんおばあちゃんの協力です。常に「明日はあれだよ。この人はアレルギーをお持ちだよ」などの打ち合わせを重ねながらの日々。本当に満足して帰られることは当然のこと、その先に、紹介やまた来てもらえることではじめて成功といえる、というほど、実は一回一回が真剣勝負なのだそう。「とはいえ、喜んでいただけた笑顔や楽しかったと言って帰っていただけるのが、やっていてよかったと報われる瞬間ですね」

よみがえる里山の賑わい

 観光客を迎え入れることによって、地域に変化が生まれました。あちこちで聞かれる笑い声、餅つきの懐かしい音や香りが里山にひろがります。次第に賑わいを取り戻し、活気づいてきたのだといいます。

 どのように楽しんでもらおうかとご近所の寄り合いができ、伝統文化が再び息を吹き返し、観光客の笑顔を想像して野菜を育て、おばあちゃんがいつもより身なりを整える…。地元に長く暮らす方々からすれば、まさかありふれた毎日がアミューズメントになるとは、思ってもみなかったかもしれません。喜ばれることが嬉しくてさらなる心からのおもてなしを生む、地域に住む高齢者にとっても、このツアーは活力のもととなっているそうです。

 この「地域の魅力を伝える旅」は、地域経済循環の担い手でもあります。だからこそ質の高いサービスレベルで継続していくことが必要になります。活動範囲を広げるよりも、小さな規模でも気持ちの通う協力者と、地域に根付いた活動であり続けることを大切にしているのです。

心は国境を越えてつながり合う

 これまで参加した外国人観光客は、延べ約2,000人。今回訪れた観光客の感想を聞くと、「日本への旅行のハイライトに匹敵するものだった。伝統的な文化をシェアしてもらえた」「一般家庭のふれあいを体験でき、普通に暮らす人たちとテーブルを囲んだことは、間違いなく楽しいツアーだった」と興奮ぎみに語ってくれました。嬉しいことにツールドラックにはリピーターも多いといいます。アジアはもとより、アメリカからも「あの時のおじいちゃんおばあちゃんが忘れられない」「別の体験をしたい」と再来する方も。

家族や友人のように迎えられたツアー参加者から旅の終わりに聞かれるのは、「また、お会いしましょう」の声。人の息遣いが人の心を響かせ、お互いにとってかけがえのない心のつながりが紡ぎ出された瞬間です。

里山とそこに住まう人がもたらした、世界と滋賀をつなぐ目に見えないギフト。自然を感じながらゆったり流れる時間とあたたかい人のふれあいは、日本人でさえ忘れかけているかもしれない本当の豊かさをもたらしてくれるのです。

ツールドラック・ビワ

ホームページ
https://www.lacbiwa.com/