#12
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多賀大社の節分祭

第12回放送
「厄を払って福を呼ぶ 多賀大社の節分祭」


近江第一の大社、多賀大社で行われる節分祭。お神楽が奉納され、福豆・福餅がまかれて、境内は多くの参拝者で賑わいます。Good Sign第12回は、地元に根づいた節分祭の魅力と、そこに込められた想いをご紹介しました。

地元で愛される“親神様”お多賀さん

お多賀さん
お多賀さん

 滋賀県の東部、鈴鹿山系の麓に位置する自然豊かな町、多賀町。多賀大社は、この地で古くから「お多賀さん」の愛称で呼び親しまれてきた滋賀県第一の大社です。

 祭神は、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)と伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)。『古事記』によれば、この二柱は国を産み、八百万(やおよろず)の神々を産んだ神様です。“いのちの親神様”であり、伊勢神宮の祭神である天照大神(あまてらすおおみかみ)の親神でもあることから、江戸時代には「お伊勢参らば、お多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」とも唄われ、延命長寿・縁結び・厄除けの神様として広く信仰を集めてきました。

 参拝者は、県内最多を誇るという初詣客を含め、年間約170万人。4月上旬はしだれ桜、秋は奥書院庭園の紅葉と、境内も折々に美しく、例年ライトアップも行われており、夜間は幻想的な和の情緒を味わえます。近隣には、国宝・彦根城や琵琶湖といった観光名所も点在し、湖東周遊の中心的存在となっています。

節分は新しい年を迎えるための行事

多賀大社の節分祭
多賀大社の節分祭

 2月3日、多賀大社の境内には多くの人が訪れます。節分祭です。2019年は約7,000人、今年2020年は平日にもかかわらず約5,000人が福を求めて参拝しました。

 日本における節分の始まりは古く、奈良時代に遡ると教えてくれたのは、多賀大社の権禰宜(ごんねぎ)、西䑓卓哉さん。

 「もともとは、中国の邪気払いの風習です。『追儺(ついな)』や『鬼やらい』と呼ばれ、8世紀初頭の慶雲年間、宮中行事として始まったと伝えられています」

 そもそも節分とは、“季節を分ける”という意味で、二十四節気の立春・立夏・立秋・立冬の前日を示します。旧暦では、立春が一年の始めとされたため、立春の前日となるこの日は、1年を締めくくるいわば大晦日。そのため、年4回ある節分の中でも、特別な日となっていきました。

 「一年の厄を払って新しい年を迎えるための行事、それが節分なのです。当社の節分祭は、1952(昭和27)年に始まり、70年近く続いてきたもの。魔の象徴である“鬼”を、霊力が宿るという“豆”をもってお祓いをして、魔除けや厄除け、災難除けのご利益を祈願します」