#13
#13

五感で守る
ひとひらの千枚漬

第13回
「千枚漬本家『大藤』」


京の三大漬物のひとつ、千枚漬。京野菜である聖護院かぶらを用いて作られ、その透き通るような白さとすっきりとした味わいは、いかにも京都らしさをイメージさせる一品です。創業から今日まで150年を超えてもなお愛される京の名物を手から手へ受け継ぎ、伝える人たちがいます。

変わらない品質を守り続ける

千枚漬「大藤」
千枚漬「大藤」

 山々に囲まれる京都の冬は、しんと静かな冷たさに包まれます。そんな冬の季節が聖護院かぶらの旬。

 スライスされた薄さから、ひと樽に漬けると千枚にもなると言われ名づけられた千枚漬は、一枚一枚人の手によって削られ、作り込まれています。レシピはなく“こんなもん”のさじ加減で伝えられているのは、京都の繁華街に店を構える千枚漬本家「大藤(だいとう)」。江戸末期の慶応元年に創業し、155年になります。

白く美しい漬物

初代:大黒屋 藤三郎
初代:大黒屋 藤三郎

 初代の大黒屋(大藤)藤三郎は京都御所に勤める料理方でした。当時の漬物といえば、醤漬や糠漬といったくすんだ色味や独特の風味でしたが、藤三郎は町中に売られていた尾花川漬からヒントを得、聖護院かぶらを塩の下漬から仕上げる浅漬けとして創作しました。

 かぶらを御所の白砂に、緑の壬生菜を松に、そして黒い昆布は庭の石に見立て、盛り付けられた千枚漬は、漬物のイメージを覆す真っ白な美しさと上品さで、宮中で大変な好評を博します。やがて御所での勤めを終えた藤三郎は「大藤」の屋号で開業、店頭で漬け込むいわば実演販売は人気を呼びました。千枚漬の評判は瞬く間に広がり、町の漬物商はこぞって仕込み、京の三大漬物として名を馳せるまでになります。

見て覚える一子相伝の“こんなもん”

5代目当主の山崎眞理さん
5代目当主の山崎眞理さん

 現在その味を伝えているのは、千枚漬本家大藤 5代目当主の山崎眞理さん。味付けはいたってシンプルで塩、砂糖、お酢のみ。だからこそ丁寧な手仕事と五感が、品質を左右するといっても過言ではありません。「かぶらの素材がいちばんですね」使用するのはおおむね10月から3月末に旬を迎える契約農家の滋賀県産聖護院かぶら。その年の気候によって収穫時期を見定めるのも当主の仕事です。

 本漬の味付けは、当主にしか認められていないという、一子相伝。そのこだわりには、初代からの千枚漬への想いが一代一代刻まれています。下漬の工程の塩加減は最初に覚える仕事。量りではなく、失敗を繰り返しながら塩をつかみ“こんなもん”の感覚を身につけてきました。

機械やデータでなく五感が頼り

五感が頼り

 幼い頃から千枚漬が大好きだったという5代目の眞理さん。女兄弟であったために、先代は店をしまうことも考えていた中「それなら、私が継ぐ」と暖簾を守る決意をされたそう。22歳でした。

 その日の気温によって漬かり方が異なり、朝の味見や手触りで漬かり具合を判断するというマニュアルなど存在しない世界。感覚にゆだねられ、失敗すれば廃棄となってしまいます。厳しく苦しい経験もあったそう。

 先代が亡くなった頃には、味を任されるまでになったものの、先代の存在の大きさに不安で押しつぶされそうになったという眞理さん。そんな中、お客様から「今年もおいしいよ」の声をいただくために奮起する5代目の姿を見ていたのは、双子の息子さんたちでした。

ひとすじに追う「ひとひらの口福」

一子相伝で未来に味をつなぐ

 母親の背中を見ながら、6代目を継ぐことを相談していたという双子の兄弟。今は眞理さんとともに大藤の千枚漬づくりを担っています。「味付けは私にしかできない作業です。まだ子供たちに任せることはできませんが、日々見て覚えている様子です」と眞理さん。五感にこだわり、経験を重ねることで身につける味の継承を、今度は息子たちに。先代から教えられた「逃げるな」「必ずそこで踏ん張れ」との心構えを、幼い頃から伝えてきているのだそうです。

 大藤がかかげる「ひとひらの口福」という言葉に込められているのは、ひとすじに生き続ける伝統への想いなのかもしれません。

大藤 麩屋町本店