#37
#37

世界にひとつだけの靴、
近江八幡市の八幡靴。

第37回
世界にひとつだけの靴「八幡靴」


カタカタカタというミシンの音。コンコンコンという革を打ち付ける音。かつては町のあちらこちらから聞こえてきた、もう消えかかっていたその音が、また心地良く響いています。風前の灯だった匠の技が、再び輝きを放っています。伝統と先進が融合してよみがえった、世界にひとつだけの靴です。

商人の町として栄えた近江八幡

近江八幡
近江八幡

 滋賀県のほぼ中央に位置する近江八幡市。琵琶湖の中で一番大きな島である沖島と、一番大きな内湖である西の湖を有し、ヨシが群生する水郷は琵琶湖八景の一つに数えられます。

 古くは農業を中心に栄えましたが、中世以降は陸と湖の交通の要衝という地の利から、“近江を制する者は天下を制す”と、多くの城が築かれました。織田信長が「天下布武」の拠点として築いた安土城はあまりにも有名です。その城下町の繁栄のために信長が開いた楽市楽座は、後に八幡山城を築いた豊臣秀次による自由商業都市の思想に受け継がれ、その後、城下町は近江商人の町として発展します。

 近江商人とは、江戸時代から明治時代にかけて活躍した近江国(現在の滋賀県)出身の商人のことをいいます。天秤棒を担いで全国へ行商に出かけ、やがて江戸日本橋や大坂本町をはじめ各地に出店もして、当時の商業界に大きな勢力を誇りました。特に近江八幡、日野、五個荘から出た商人が多く、中でも八幡商人は早くから精力的に活動していたようです。売り手よし・買い手よし・世間よしの「三方よし」という近江商人の心得は、古びることのない商売の基本として、今もさまざまなビジネスシーンで使われています。

最後の一軒になった八幡靴の工房

コトワ靴製作所
コトワ靴製作所

 靴を初めて履いた日本人は坂本龍馬だといわれています。真偽のほどはともかくとして、確かに、黒いブーツは龍馬のトレードマークです。江戸時代の末期から明治時代の初期にかけて、日本でも徐々に革靴が普及しました。

 その昔、近江八幡は製靴業が盛んだったことをご存じでしょうか。商人の町である近江八幡には多種多様な資材や技術が集まり、そこから革細工が生まれ、明治以降は西洋化の流れを受けて徐々に革靴を作るようになります。天然の皮革を用いて靴職人が1足ずつ手縫いで仕上げるその靴は、やがて「八幡靴」と呼ばれて評判を呼び、高級な国産紳士靴としての地位を確立します。町には数百軒もの工房が軒を連ね、最も多い時期には年間約35万足を生産していたそうです。

 日本各地で西洋建築の設計を数多く手掛け、1958(昭和33)年に近江八幡市名誉市民第1号となった建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏も愛用者の一人。ヴォーリズ氏は八幡靴を“世界一の逸品”と絶賛し、アメリカに帰国後、靴屋に修理を頼むと「こんな素晴らしい靴は見たことがない」と驚かれたという逸話が残っています。

 しかし、高度経済成長期になると大量生産・大量消費が進み、安価な輸入品も台頭、加えて靴職人の高齢化により、近江八幡の製靴業は次第に衰退します。そして21世紀には、いよいよ「コトワ靴製作所」一軒となりました。

ネットでオーダーシューズという活路

リバーフィールドの風景
リバーフィールドの風景

 有限会社リバーフィールドの代表を務める川原勲さんは以前、全国チェーンの靴販売店に勤めていました。紳士靴の売れ行きに一抹の不安を覚えながらも、いずれは独立したいと考えていたそうです。インターネットが普及し、ネット販売に将来性を感じてもいました。そんな折、 “後継者不足で廃れゆく産業”と紹介されていた八幡靴の記事を見た川原さんは、「自分に売らせてほしい」とコトワ靴製作所に申し出ます。有名ブランドの靴にも決して引けを取らない八幡靴の仕立てと履き心地の良さに、「やり方次第で必ず売れる」と確信し、2002年に八幡靴の販売を担うリバーフィールドを設立しました。

 まず始めたのが、オーダーメードに限定したネット販売です。オーダーシューズとしてはかなりリーズナブルな価格設定だったため、逆にお客さまの反応は「本当にこんな値段で良い靴ができるの?」と冷ややかだったそう。また、職人さんの中にはインターネットをよく知らない人もいて、「そんなので本当に売れるんか?」とこちらも疑心暗鬼。そうした状況にもめげず川原さんは、金の飾りが付いて“オジサンが履く革靴”という雰囲気だったデザインも、洗練されたスタイリッシュなイメージに変更しました。すると、月5足、10足、15足と、徐々に売れ始め、今ではオンラインストアの他に、近江八幡店と大津堅田店という二つの実店舗を展開するまでになりました。八幡靴の素晴らしさが、あらためて証明されたのです。

伝統をよみがえらせた先進のシステム

スポンジ素材の計測器
スポンジ素材の計測器

 天然の皮革を用いて手縫いで作る八幡靴は、イタリアの伝統的な製靴技法であるマッケイ製法を採用しています。その最大の特長は、反り返りの良い柔らかな履き心地と美しく繊細な仕上がり。まさに匠の技が生み出す究極の一足であり、近江八幡の伝統工芸品なのです。

 そして、リバーフィールドが画期的なのは、インターネットによるイージーオーダーというシステム。高品質なオーダーシューズを手軽に作ることができる理由もそこにあります。リバーフィールドのオンラインストアで注文すると、トリシャムというドイツ製・スポンジ素材の計測器とメジャーが届きます。計測器で足型を取り、メジャーで甲回りを計って返送すると、今度は仮縫いの靴が届きます。試し履きをして修正箇所を伝えると、約10日後には完成した八幡靴が届くという仕組みです。

 一般的にフルオーダーの靴が10万円は下らず、製作期間も長期にわたるのは、最初に作る木型によるところが大きいのだそう。リバーフィールドは独自のイージーオーダーシステムによってコストを抑え、短期間で“あなただけの一足”を仕立てています。革の素材、色、デザインなど、バリエーションも豊富です。また、実店舗では3Dフットスキャナー(三次元足型自動計測器)を導入し、フルオーダーシューズも製作しています。

 「自分だけの靴をあつらえてみたい」「市販の靴がなじまない」「病気や事故などの影響で足に合う靴がない」といった全国の人々に今、八幡靴が愛用されています。消えかけていた伝統工芸の灯が、再び輝きを増しています。耳を澄ませば、コンコンコンという革を打ち付ける音が聞こえてきます。

八幡靴
八幡靴
River Field(リバーフィールド)

滋賀県近江八幡市鷹飼町617(近江八幡店)

電話:0748-37-5451

ホームページ:https://easyorder-shoes.jp(オンラインストア)