#43
#43

ハンコに映し出される“私”の世界

第43回
カフェのあるハンコ屋さん「カフェ江湖庵」


近江八幡市の旧市街地にあるハンコ屋ギャラリーカフェ「江湖庵」は、“私”に還れるような場所。世の中に同じ名前の人は存在しても、歩んできた半生は、二人として同じものはありません。庵主であり、昭和12年創業のサイトウ明印舘三代目でもある齊藤江湖さんは、唯一無二の“私”を表現しています。

人の数だけハンコがある

人の数だけハンコがある
人の数だけハンコがある

 江湖さんの手によって作られたハンコが押されたハンコノート。それはまるでフォトアルバムのよう。知らない人なのに一人ひとりのお人柄が浮かび上がってくるような表情です。ハンコを作る際には、なぜこの名前なのか?用途は?これからどんな風になっていきたいか?など、ご依頼主さんとじっくり対話をするのだそう。

 想いをぐっと詰め込んだオリジナルデザインには、音符が描かれていたり、草木が揺れるようだったり、笑い顔に見えたり。突然、電話をいただくこともあるといいます。「お友達からもらった手紙に押してあるハンコがとても素敵だったので」と。名前とともに込められた想いが、大切な人たちに届けられているようです。プレゼントとして依頼される方も多いそうです。新しい苗字に嫁いでゆく娘さんや、お孫さんなどへ。ハンコからあふれ出る愛情は、親と子の絆を強くするのかもしれません。

儀式としてのハンコから使いたくなるハンコへ

江湖さん
江湖さん

 私たちが日常的に使用するハンコとは、少し異なる意味合いが見えてきます。考えてみると、私たちにとってハンコは必要に応じて手に取るものであり、能動的に使おうとするシーンは、あまりなかったかもしれません。

 江湖さんは言います。「“私”が使いたいハンコはどんなハンコだろう?というところに立ち返って、こだわらせてもらうことが大事」使いたくなるようなハンコを製作し続けています。ですが、はじめからこのようなスタイルではなかったといいます。

 江湖さんは高校を卒業後、一度は会社員として勤めましたが半年で退職。そのときはじめて、父親の仕事であった印鑑職人に魅力を感じます。大阪の師匠に弟子入りし、砥石研ぎから6年の修行を経て、1995年に後を継ぎ、「江湖庵」をオープンさせました。国家認定一級技能士(印章木口彫刻)を取得、2001年には全国技能グランプリに、三度目の挑戦で金賞を受賞、32歳の時でした。

 研鑽を積み、晴れて技術が認められ、お店は繁盛するかと思いきや、思うように注文は入りません。時代はITバブル。アナログの紙からデジタルへと進み始めていた頃でした。

ハンコに宿る私だけの想い

人生を表現するハンコ
人生を表現するハンコ

 あるとき、作家さんのグループ展で目に飛び込んできた光景から、江湖さんは気づきを得ます。それは、お客様と、使用用途や背景、ご要望を細かく相談されていた作家さんの姿でした。「一生使っていただくハンコなのだから、お客様自身の想いを込められないか」一人ひとり異なる人生を表現したいーそれ以来、さまざまなご要望に応えながらデザインしていくうちに、自然と口コミが広まっていきました。江湖さんは気づきました。お客様は、グランプリを受賞した肩書ではない、心の通った作品に感動するのだと。

 より多くの人生と出逢いたくて、クラフトフェアへの出展や、大阪の難波戎橋での路上パフォーマンスを始めました。興味を持ってくれた外国人のブライアンさんの名前を「武雷庵」と彫り、喜んでもらえたことから、日本の伝統文化を紹介したいと世界に視野を広げます。

世界と日本をつなぐ架け橋

おもてなしを味わえる
おもてなしを味わえる

 当時、ロンドンを中心に落語パフォーマンスを行っていた笑福亭鶴笑さんに同じ想いを感じ、思い切って連絡してみると、快くお返事をいただけ、ロンドンでの路上パフォーマンスが実現しました。ハンコ文化は、中国などのアジア圏には根付いていながら、欧米はサインの文化。珍しさもあいまって、その場で名前を彫るというライブパフォーマンスは道行く人の注目を集めました。

 忘れられないのは5歳のトムくん。お小遣いで買い物に行く道すがら出逢ったハンコが欲しくなりました。「いつか日本に来てね」と“渡夢”と彫ったハンコを渡すと、お母さんとともにとても喜んでくれたと言います。「ハンコはこのちっちゃな世界ですが、僕にとっては広い世界に見えている」という江湖さんのハンコは、指先から人の世界観が表現される、コミュニケーションアイテムなのかもしれません。

 ハンコを通じて書道家としても活躍する江湖さんは、その後、地元滋賀で鶴笑さんとのコラボパフォーマンスも実現され、また2018年にはNHK連続テレビ小説「まんぷく」にてハンコ製作指導を行うなど、国内外で活躍中されています。

こだわりのおもてなしを味わえる空間「江湖庵」

 江湖さんの工房は、200年前の古民家を改装した「江湖庵」の一角にあります。ギャラリー&ショップでは、作品やハンコデザインを手に取りながら、オーダーもできます。

 ゆったりと落ち着いた時間を楽めるカフェでは、材料一つひとつを厳選された体に優しいメニュー。日本五大銘茶である朝宮茶は信楽、スイーツやランチには地元滋賀産の農産物がふんだんに。一人ひとりと向き合い続けてきた江湖さん夫妻がプロデュースする空間には、存在を大切に受け入れてもらえているようなとっておきの心地よさがあります。

 「ハンコって、何ですか?」という問いに、江湖さんは「“私”であればよいかな。“これが私である”という証になればありがたい」と話してくれました。

 私は、誰でしょう。私はどんな人でしょう。デジタルであふれる日常から少し離れ、本当の“私”が目を覚ますような空間に、自分をおもてなししてみませんか。

江湖庵
江湖庵
江湖庵(こうこあん)

〒523-0864滋賀県近江八幡市為心町元7

営業時間:13:00~18:00(カフェは11:30~)(12・1・2月は17:00まで)

定休日:火曜日・水曜日

電話:0748-40-0290

ホームページ:http://koukoan.com/